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~ 甲子園に行ってきました ~

 秋田県野球協会審判部秋田支部支部長
三浦和幸(Kazuyuki Miura)
 第103回全国高等学校野球選手権大会に、秋田県から審判員として参加してきました。高校球児ではなかった自分ですが、夏の甲子園は幼いころからの憧れであり、審判員になってからもここでジャッジすることが夢でもありました。今日は甲子園で経験してきたことを中心に、少しだけ紹介させていただきます。

●甲子園にて
 選手権大会では関西を中心としたレギュラー審判員と、自分のような地方からの派遣審判で構成されます。今大会の派遣審判員は自分を含め佐賀県、島根県など、計8都道府県で構成されました。秋田県からは8年振りの派遣で、次回の派遣は秋田を除く東北各県から北海道の順で7年後になると思われます。秋田県からの夏の甲子園への派遣は今までで自分を入れて10人もいないようです。このような機会をいただけたことは本当に感謝しかありません。
 次に今年の選手権大会は、過去に例のない異例ずくめの大会でありました。①コロナウイルス蔓延による初の無観客開催②過去に例のない大会期間中の梅雨前線停滞③大会開催中に兵庫県に緊急事態宣言発令④女子野球決勝戦との同時開催⑤塁審のマスク着用⑥入場行進のない開会式等々、特に無観客となった甲子園に従来のようなファン及び応援団の大声援はなく、観客のいないスタンドをグラウンドから見渡す光景は神秘的でした。しかしながら、自分の立っているゲームが全国に放映されていると思うと、記憶が飛んでしまいそうなくらい緊張したのを今でも鮮明に覚えています。そして甲子園のスコアボードにある自分の名前を見たときは胸が高鳴る最高の瞬間でした。
 派遣期間中のスケジュールですが、当初予定では8月7日から17日まで11日間滞在する予定でしたが、雨天順延が実に6日にもなり予定以上の滞在をすることとなりました。この度重なる雨天順延は甲子園使用可能日(プロ野球のスケジュールが決まっているのでそれまでに選手権大会は終了しなくてはいけません)を逼迫し、大会がどうなってしまうのか、日程が延びるとコロナウイルス感染リスクが増えることで大会自体の打ち切りも有り得ると覚悟することにもなりました。
 最終的に自分は予定していた3試合を無事終えることができましたが、仕事の関係で3試合行うことができず帰ってしまった派遣審判員もいました。
大会期間中は合宿生活となり、充実した時間を過ごすことができました。特に毎日行われる審判ミーティングは、普段聞くことができない貴重な場であり大変参考になりました。今大会の合宿は宿泊先が甲子園から近いこともあり移動は徒歩、自分の時間を有効に使うことができました。大まかな1日のスケジュールは以下の通り。

5:00
起床
6:15
ホテル出発
6:30
甲子園到着
 試合、観戦、審判業務、朝食、昼食、第4試合終了後ホテルへ出発
20:00
ホテル夕食、ミーティング
23:00
就寝

●ジャッジ
 試合は全部で3試合担当させていただきました。試合中はゲームメイクをすることの必死さと甲子園でジャッジしている緊張感を常時感じ、無観客開催など気にすることもなく必死でゲームに集中しました。審判歴は20年近くになりますが、高校生を想う全力のジャッジは、これまで経験したものとは違い今後の審判人生に必ず活かしたいと強く思いました。試合中は「全球自分のところに来い!」と全球集中し挑みましたが3塁審担当の際、ファウルフライを捕りに行った3塁手が捕球後記者席のフェンスに跨った際には判定の難しさを痛感しました。

●憧れ
 自分が甲子園でジャッジしてみたいと思ったのは、平成21年8月に初めて甲子園のスタンドで観戦した時でした。快晴のもとグラウンドで試合をしている選手と審判員を肉眼で見たときの眩しさ、憧れは強烈なものがありました。現在は全国的にアマチュア野球の審判員は減少傾向にあります。若い審判員の皆様、これからジャッジをしてみたいと思う方、野球選手としての実績はまったく関係ありません。野球が大好きであればどなたにもチャンスがあります。どうかこの大舞台を夢見て聖地甲子園でジャッジすることを目標に突き進んでほしいと思います。
 審判員の醍醐味は選手と同じグラウンドに立てることだと思います。自分の一つの判定でとてつもない大きなものを左右する場合もあります。そんな責任を背負い自信を持った快心のジャッジをして、試合を無事に終えることができた時の充実感は何とも言えないものがあります。また選手と触れ合えることができるのも審判員としての特権だと思います。

●目標
 これからの目標ですが、まだまだ現役審判員としてグラウンドでハッスルします。と同時に後輩の育成にも力を入れていきます。たくさんはおりませんが意欲のある若手審判員も育っています。自分が経験したことを伝え監督、選手たちに信頼してもらえる技術と謙虚さを持ち、全国で通用する審判員が育つよう一生懸命審判道に精進したいと思います。その結果、秋田県の野球発展に貢献できたなら最高です。

●階段の先
 甲子園でのジャッジは自分の人生の中でかけがえのないものとなりました。審判をやるのならぜひここを目標に頑張って欲しいと思います。
 最後になりますが甲子園のグラウンドに出るには13段の階段があります。選手権大会に派遣され、この階段を上るとどんな世界があるのか、それが現実となった時とを重ね合わせてぜひとも想像してみてください。


プロフィール

1973年 秋田市生まれ 48歳
1991年 秋田県立秋田工業高校卒業
2001年 秋田県野球協会審判資格2種取得
2006年 第88回全国高等学校野球選手権秋田大会初派遣
2010年 第37回社会人野球日本選手権大会派遣
2016年 BJF国際ライセンス取得
2019年 第30回東南アジア競技大会派遣 ~フィリピン~
2021年 第103回全国高等学校野球選手権派遣